カメラとのつきあい
編集の仕事に就いたころ、先輩編集者からいいカメラを買いなさいとす
すめられた。カメラは写ればいいと考えていたので、安いものしか持って
いなかった。何故いいカメラが必要なのか聞いたら、道具にもこだわらな
いといい仕事はできないといわれた。その時は道具にこだわるようでは、
ほんものではないなと思いながらも、一回分のボーナスを投資し、国産の
高級カメラを購入した。
せっかく求めたカメラなので、ひまをみつけてはせっせと撮影練習をし た。できあがりを見ると、たしかに安いカメラとは格段に違うことがわかっ た。それがわかると、つぎに別の交換レンズやストロボなども欲しくなり 次回のボーナスも大半が消えた。実際の仕事にも自分が撮影した写真を使 える許可が上司から下りるようになった。かけだしの新人編集者にとって は嬉しいことであった。 新しい道具を買うと夢中になるものである。子どものおもちゃと同じで ある。夢中になると、自然に腕が上がるのである。先輩編集者には、含蓄 のあるアドバイスをいただいたと感謝している。 その後も新機能搭載の宣伝に惹かれ何台かのカメラを購入した。デジカ メも数世代にわたり愛用している。しかし、いっこうにカメラの腕は向上 していないことを自覚している。カメラは対象物を写すのではなく、自分 の心を投影しているという。カメラとのつきあいは怖いものである。 心機一転、新しいカメラで挑戦したいが、もうボーナスはもらえないの が残念である。 ●前のページへ |