こらむネタ帳 久和山武輝

はじめよければ

 本を購入する場合、書店の店頭で立ち読みをして衝動買いするケース が結構多い。タイトルや帯、作者名などに惹かれて本をとってしまう。 早速立ち読みの開始である。小説では、冒頭を読む。書き出しから目を 追っていく。すらすらと読み進めるかどうかが、購入の決め手となる。 読むのは、せいぜい1ページか2ページである。ところが1ページを読む のが苦痛になる本が多いので、次の本を物色することになる。そうして 次々に手が出てしまう。
 せっかく書店に寄ったのだからと、意地になってさがすことになる。 気に入った本を手にしたときは、すぐにレジに向かうことにしている。 以前に立ち読みをして気になっていた本を、次に寄ったときにさがし てもほとんどの場合、書店の店頭からは消えているからである。注文 しようにも書名や著者名すら、記憶があやふやとなっている。
 なにげなく書店に寄った読者をとらえるものは、はじめの書き出し である。作家が書き出しに、しん吟苦悩した話しはよく聞くことであ る。構想を決めてから書き出しに数年間苦しみ、最初の1行が書けた とたんに1箇月で作品が完成したといわれている伝説の名作もあるが、 真偽のほどはわからない。
 読者からすれば、書き出しに惹かれて買うのは事実である。はじめ が面白ければ、おわりまで期待することで迷わずお金を払うのである。 はじめがよくても、中途から最後にかけて裏切る作品もたまにある。 はじめがよくなくても、裏切らない作品もある。
 浅田次郎の「壬生義士伝」は、冒頭から読み進めるには根気がいる。 そのうち面白くなるだろうと期待しても、なかなか応えてくれない。 それでも読み進めるうちに、いつのまにか引き込まれてしまう裏切ら ない作品である。長編大作なので、だんだん面白くするという仕掛け が仕組まれているのだろう。はじめよければすべてよしの作品もいい が、おわりに向けて徐々に面白くなる作品には深みがある。
 はじめよければの人生は楽しいが、おわりよければの人生のほうが 味わいがあるだろう。人生のおわりは、だれにもわからないところが 最大の難点である。

●前のページへ