サヨナラ憂鬱な日々
年末年始はあまり好きではない。というよりも嫌いだ、といったほうが
正確かもしれない。新年を迎えるわけだから、気分も少しはウキウキわく
わくするのがまともな人間のあり方なのだろうが、どういうわけか20歳
代のころからこの時期になると憂鬱になる。
大学生時代はトイレ、炊事場共同の四畳半のおんぼろアパートで、買い だめたインスタントラーメンでお腹を満たし、ほとんどの時間をぼろ布団 のなかで、年明け三が日の過ぎるのをひたすら待っていた思い出がある。 まだ当時はコンビニもなく、食堂なども三日までは開店していなかったの で、買いだめをしておく必要があったのだ。貧乏学生の身分で冷蔵庫など あるはずもなく、だから買いだめのできる食品は限られていた。着飾って 神社にお参りする家族連れなどを見ると、自分だけが、何もない、誰も見 向きもしない孤島に取り残されたような、そんな惨めさを感じたものだ。 ちっぽけな新聞社に就職してからも正月の生活環境は同じだった。普段 は仕事も面白く、夕方からは同僚や上司と毎日5、6時間は酒を飲んでい たので孤独や寂しさなどを感じるヒマさえもなかった。しかし、年末年始 になると会社は休みになるので、また孤島の生活が始まるわけである。日々 動き回る記者の性分もあって、アパートにこもっているのは耐えられなかっ た。 ある年、ついに行動を起こした。元旦に横浜から各駅停車を乗り継いで 浜松に出かけたのである。目的地は浜名湖競艇場。いまでこそ元旦から競 馬、競輪、競艇は各地で開催されているが、当時は元旦から開催している ギャンブル場は浜名湖競艇だけだった。ところが、到着したのは最終レー スの寸前で、舟券を買えたのは1レースだけ。それをズバリ的中させてな んとか電車賃分を稼ぎ、横浜のアパートに”凱旋”したのである。もし、 デートをする相手がいれば、ギャンブル場ではなく神社にお参りでも行け ただろうに−。 小・中学校の同級生と結婚してからは、新年の雰囲気は少しはまともに なったように思うが、やはり年末年始は苦手である。当初は、カミさんも 張り切ってそれなりのおせち料理を作っていたのだが、今年は煮物をちょっ と用意しただけだった。このご時世だから節約したのかもしれないが、盛 り上がらない私の”ノリの悪さ”にあきらめたのだろう。それでも不満は まったくない。 いま平常の日々に戻って満足だ。これから350日は憂鬱から開放され る、よしよし。 |