出版文化を支えるひとたち
わが国の出版文化の中心的役割を果たしているのは、いうまでもなく大
手出版社と、そこを舞台に活躍する著名作家たちである。大手出版社の書
籍の発行点数や売上げをみても、大手出版社の占めるウェイトはかなり大
きい。また、著名作家の作品は書店に平積みされたり、出版社も宣伝PR
に力を入れるので、さらに人気作家は売れっ子になり、もてはやされるこ
とになる。
しかし、大手出版社や著名作家たちの陰にかくれて目立たないけれども、 わが国の出版文化を支えるひとつの柱になっているのは、地方の出版社や 地方在住の作家、あるいは出版マインドを持った名もないひとたちである。 改めてそういう気持ちになったのは、地方で発行された出版物に遭遇した からである。 最近、郷土史に関する2冊の出版物が宅配便で送られてきた。ひとつは、 織田信長が台頭してきたころの、ある戦国武将の悲劇を物語にした単行本 である。 その戦国武将は、九州一の名家といわれた阿蘇家の武将で、天正元年 (1573年)、海辺にあった小さな城の城主への赴任を命じられること から物語はスタートする。文武両道のやさしい性格を見込まれてのことだっ た。 赴任後、薩摩の島津藩が大軍勢でもって肥後領内に入り、各地の小城を 攻め落とし、その戦国武将の小城も海から攻められた。相手の軍勢からみ ても落城するのは時間の問題だった。 攻めてきた島津藩の総大将は、名家・阿蘇家に敬意をはらいながら戦い を進めた。「文」に秀けて、「武」に秀ぐれている城主には「死んでもら いたくない。惜しい男だ」との思いから、軍門に下ることを条件に逃がす つもりだった。もちろん、城主には名家の武将としてのプライドがある。 当然、戦って死ぬつもりだ。 その覚悟を知った総大将は、小城にわざわざ出向くほどの相手ではなかっ たが、礼を尽くすために自らその小城に入り、その城主の首をとったので ある。 著者は、物語の主人公である阿蘇家の戦国武将、つまり城主の人物像を 資料や取材をもとに著者なりに作り上げ、城主と総大将のそれぞれの心境、 語り口などをフィクションの形にして、物語を展開させている。お互いに 相手の人物を認めあいながらも、武将という立場を取らなければならなかっ た戦国時代の「悲劇」を丹念に描写し、なかなか読ませる物語に仕立てて いる。 この本は熊本県阿蘇郡にある小さな出版社から発行されたもので、著者 は阿蘇郡在住のフリーライターである。自由国民社、文芸春秋社などから 単行本も出版しているライターで、もの書きとしてすでに十分に実績のあ る作家だ。 同じ阿蘇郡に住む私の義弟(といっても同年齢)が最近刊行されたばか りのこの本を入手し、わざわざ宅配便で送ってくれたものだ。その小城は、 私の生家から車で5分足らずの場所に存在していたもので、いま城跡には 供養塔が建立されているという。近くにあった小城が舞台となっているか らこそ興味深く読めたということもあるだろう。 こうした郷土史は、どんなに面白くてもそこに登場する地域や人物にまっ たく関わりのないひとが読んでも興味は薄れてしまうものだ。だから発行 部数も限定される。しかし、その内容にひとつでも何か接点を見い出せた ときは、ヘタな著名作家の本よりも面白く読めるものである。 もうひとつの本(冊子)は、私が生まれ育った60戸ほどの村の「生い 立ち」をまとめたものだ。これは村のまとめ役である区長が送ってくれた。 古文書や資料、長老からの聞き取りなどを整理し、役所に勤めていた村の 長老が編纂した労作である。読んでみると、知らなかったことばかりで、 村から弥生時代の貝塚が見つかり、当時すでに多数の居住者がいたことも この冊子で初めて知った。そして、何よりも村に出版文化のマインドを持っ たひとたちが何人もいたことを誇らしく思ったものだ。いつも農作業着姿 のおじさん、おばさんたちが”プロジェクト”を組み、農作業などを終え てから郷土史づくりに精を出していたとは想像もしていなかった。 戦国武将の物語をまとめたフリーライターはプロのもの書きだが、郷土 史として残すために冊子をつくったのは農家のひとたちだ。出版文化のす そ野には、このように本業を営みながら、功名や利益を目的としない出版 活動に取り組んでいる名もない”出版文化人”も全国には多いのではない だろうか。こうした村人のような地道な活動も、わが国の出版文化を陰な がら支えてきたのではないか、と珍しく真面目に考えてしまった。 |