はぐれ記者のマスコミ見聞録  植野満

好きな作家を見つけよう

 私には好きな作家の本を集中的に読むクセがある。
 書店で小説やエッセイなどを立ち読みして、購入した本の作家の著書は、 その一冊だけで「サヨナラ」することはほとんどなく、必ず2、3冊は読 んでいる。その段階で、その作家から離れるか、ずっと追っかけをやるか、 どちらかである。
 その作家を好きになると、しばらくの間はその作家の作品ばかりを読む ようになるので、どうしても読書傾向は偏りがちになる。本の評論家や書 評家であれば、そういう本の選び方は許されないだろうけど、一読者だか らそういうわがままも批判されることはないだろう。
 ただ、困るのはその好きな作家の本を読み尽くし、読む本がなくなった ときである。ひたすら新刊が出るのを待つしかないわけだが、「なぜ、早 く出ないんだ。モタモタするな」と作家や出版社に勝手に腹を立てること もある。
 もともと本を読むことで何かを学ぼうとか、何かに役立てようという意 識はサラサラなくて、「面白いか、面白くないか」を読書のモノサシにし ているので、買う本と買わない本ははっきりしている。そういう基準で選 んだ本でも、結果的にはいろいろな面で学んでいたり、役立っているのか もしれないが、そういう教科書的な期待を抱いて読書をすると、自分でも しんどくなるのは目に見えているので、時間は自由に、好きな作家の本を 読む、という自己流の読書術を貫いているのである。こだわりというので はなく、やはり損得より好き嫌いで物事を選択してしまう性格的なものだ ろう。
 本を読み始めたのは、小学高学年になってからで、「シャーロック・ホー ムズ」シリーズを、学校でも家でも読みふけっていた時期があった。ちっ ぽけな村には本屋もなかったので、たぶん学校の図書室から借りていたの だろう。面白くて面白くて、掃除の時間でも後ろに積み上げた机のかげに 隠れて、みんながまじめに雑巾がけなどをしているのに、一人さぼって読 んでいた記憶がある。
 でも、「シャーロック・ホームズ」以外に読んでいた本を思い出せない ので、「文学少年」ではなかったことだけはたしかだ。中学生になっても ほとんど本は読まず、クラブ活動(卓球部)や遊びに明け暮れていた。ボ チボチ本を読むようになったのは、高校生になってからである。
高校のすぐ近くにあった本屋で見つけたのが、武者小路実篤の『友情』 (新潮社)だった。その文庫本を買って読んだら、その当時の心理状態に ピッタリ合ったのだろうか、一晩で読めた。それからは、『愛と死』(同) などをいもづる式に読破していった。純情な高校生にふさわしい(?)読 書の船出であったわけだ。
 そのうちに、思春期ならではの厭世感にさいなまれるようになり、太宰 治、坂口安吾などの”青春定番小説”にも魅せられるようになる。たしか に読書量は多くなったけれど、読む本の作家は限定されていて、どうもこ のころから好きな作家の本だけを読むクセがついたようだ。
大学生、そして会社員になってからは、さらに”作家主義”の読書傾向が 強くなった。これまでに松本清張、五木寛之、森村誠一、星新一、沢木耕 太郎、山本七平、青木雨彦、椎名誠、半村良、阿佐田哲也(色川武大)、 伊集院静、嵐山光三郎などの作品はほとんど読んだような気もするが、一 冊の作品も読んだことのない著名作家の数は、その数十倍、数百倍になる はずだから読書家の部類には入らないと思う。
 ジャンルで言えば、推理小説、ノンフィクションものにこだわっていた 時期がある。たとえば、沢木耕太郎の登場は刺激的だった。『敗れざる者 たち』(文芸春秋)や『一瞬の夏』(新潮社)もそうだが、『人の砂漠』 (新潮社)には、単純にすごいライターだ、面白いと仕事仲間たちとうなっ てしまった。その後も『深夜特急』(新潮社)などのベストセラーを世に 送り出し、ノンフィクション分野の大御所と言われるようになったが、や はりテーマの対象となる人間の懐に飛び込んで、緻密な取材で産み落とし た初期作品に、新鮮で読み応えのある作品が多かったように思う。
 さて、中、高、大学生に推薦したい本についてである。まず、中学生に は教科書に載っているような作家の作品は当たり前に読んでいるだろうか ら、ここでは視点を変えて一冊の本を紹介してみたい。
 あまり知られてはいないが、浮谷東次郎の『がむしゃら1500キロ』 (筑摩書房)がそれである。新潮文庫にもなっている。
 著者は、23才という若さで鈴鹿サーキットに散った天才カーレーサー である。彼は小学2年のときからオートバイに乗り始め、中学三年の夏に 千葉の市川から大阪までの1500キロを愛車のバイクで走破した”冒険 少年”で、この本はキラキラと目を輝かせながら青春を精いっぱいに生き た中学生の手記である。目標に突進していくその姿に、同世代の読み手は 勇気をもらえるだろう。
 この本に出会ったのは、新聞社に就職して間もないころで、たまたま書 評欄で取り上げたら、どのようなルートでそのマイナーな新聞を入手した のか、彼のお母さんからていねいなお礼の手紙をもらい、「もっと読み込 んで書くべきだった」と逆に反省したのだった。あらためて読んでみると、 短い人生を積極的に生きようとしている自信たっぷりの少年が、まだそこ にいた。
高・大学生にお薦めしたいのは、一般的であってもパール・バックの 『大地』だ。新潮文庫だけでなく岩波文庫からも出ている超ロングセラー の一冊である。厚い文庫本でしかも4部作の超大作で、読み出したらめし を食う時間も惜しくなるほど熱中した。残りページが少なくなると、「な んだ、もう終わりなのか」と残念に思ったほどだ。素直に「読んだほうが いいよ」と言わせてもらおう。先に紹介した『人の砂漠』も付け加えてお く。
 ところで、五木寛之著『運命の足音』(幻冬舎)が8月10日に店頭に 出た。これまで封印してきた悲痛な記憶を、亡き母の”許しの声”に導か れてようやく完成させた「衝撃の告白的人間論」(出版社のキャッチフレー ズ)だそうで、週刊誌の発売予告記事などを読む限りでは、「読まずにい られるか」と思わせる新刊本だ。昔、追っかけをしていたファン(いやい までもそうです)の一人として、久しぶりにワクワク気分で書店に駆け込 むつもりである。

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