怪しい仲間たち   植野 満

 地元の駅ビルの書店で文庫本を買って、ときどき立ち寄る居酒屋に入っ た。まだ、夕方になったばかりだったので、お客はパラパラという状態だ。 いつものようにカウンターの片隅を確保し、夏(でも冷夏)だというのに、 熱燗の酒を注文してしまった。
 カウンターの反対側の片隅には、恰幅のいい坊主頭の、いかにもあの筋 の風貌をした年輩2人が、なにやら仕事のことで議論をしていた。「おま えのマーケティング不足なんだよ!」「大丈夫だって。ニーズはあるんだ から」−あの風貌をもって、マーケティングとか、ニーズという言葉が出 てくるとは思わなかった。
 うす茶色のサングラスをした男と目があった。その男は左手を少しあげ て、「ヨッ」という声を発したような気がした。それでこちらも軽く会釈 をして口元で愛想をつくった。お互いに10年以上前からの顔見知りだっ たからだ。
いかつい男2人は兄弟で、駅前の小さなビルに事務所を構え、主婦など を顧客にして小口のお金を貸す仕事をしていた。つまりサラ金稼業である。 兄が社長、弟が社長だと本人以外の人から聞いていた。
 一時、パチンコにはまっていた時期があって、彼らとも”玉打ち仲間” になった。夕方になるとその居酒屋でも一緒になることが多かった。「全 然出してませんね」「あんなのいかさまだから」とパチンコ店の悪口を言 いながら、うさ晴らしの酒を飲んでいたものだ。
 あるとき、副社長(弟)が小声でこう言った。
「知ってる?店長が1000万円を持ち逃げし、店のバイトの女の子を連 れてトンズラしたらしいよ」「エッあの女の子と」。おとなしそうな清楚 な感じのするあの女の子はわれらの仲間ではマドンナ的存在だったので、 その話を聞いたときは「なぜ、あんないい子が」とショックを受けた。
 そして、その副社長は「パチンコ屋はその金を回収しなければならない から、当分は玉を出さないね。通っても金をドブに捨てるようなもんだよ」 と忠告までしてくれたのである。その”駆け落ち事件”が常連客の間に一 気に広まったのは言うまでもない。こうした内部情報に詳しいのも裏情報 に強いサラ金稼業のせいだろうか。
 兄弟は仲が良くて、私の知る限りではいつも行動をともにしていた。お そらく2人ともすでに60歳を超えているはずだ。彼らの過去はもちろん、 名前さえも知らない。ただ、福岡生まれで家庭の事情もあって、若いころ に2人で上京してきたらしいことは以前の会話のなかから読みとれた。私 のことはほとんどわかっていないと思う。お互いに聞かないし、また聞か れてもあやふやに答えるだけだった。「パチンコ好き」というただそれだ けでつながっている仲間だったのである。
 その兄弟の事務所は立地のいい駅前にあった。それが、最近、”お店” の看板がはずされて、事務所も空室になっているのに気がついた。居酒屋 で再会したその夜に「事務所を移ったんですか」と訊ねたい気持ちもあっ たが、やめることにした。「私生活や職業などは聞いてはいけない」とい う暗黙の了解が、このパチンコ店の”玉打ち仲間”にはあったからだ。お そらく、廃業した可能性が高い。議論していたのはこれからの新しい仕事 の打ち合わせだったのだろうか。
 5年前からはそのパチンコ店にはほとんど出入りしていない。たまにト イレを借りるときはあるけど。景気がいいのだろうか、数カ月前にビルを 新築し、雰囲気もレジャーランドのようにがらりと変わった。店員も若い 男女ばかりになり、昔の常連客や仲間たちの姿も見えない。
 以前の”玉打ち仲間”は怪しい人たちばかりだった。公務員を定年退職 し、パチンコと競輪に明け暮れていた「お父さん」、水商売をしているら しい面倒見のいい「恵子チャン」、いつも”愛人”と朝一番で乗り込む 「山さん」、「もう2万やられた」と、となりに座り込んで負け自慢話を 一方的にしゃべりまくるおばちゃん、「あんた、うまいわね」といつも声 をかけてくれた小さな建設会社の高齢の社長夫人、いつもとなり同士に座っ ていながら口げんかばかりしている年輩夫婦。それぞれ自分の生活をちゃ んと持っているのだろうけど、素性がわからないだけに、みんな怪しい人 に見えたのである。
ああ思い出した。20代のころ、高校の同窓会に出席したときに、業界 紙記者をやっていると話したら、ある同級生に「ちゃんとした仕事に就け よ」と説教されてしまった。世間からみれば「業界紙記者」という仕事は 怪しげなうさん臭い職業に思われているのだろう。「類は友を呼ぶ」と言 われるけれど、そうすると私も怪しい人の部類に入るわけ?まあ、いいか。



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