仮想空間は小説の原点   久和山武輝


 仮想空間は、想像の世界であり、最近の言葉ではバーチャルとも称されている。古代より原始宗教や神話の世界から始まったと考えられるが、当時は仮想の世界ではなく実想であった。原始宗教や神話は口伝で継承されていた。その後、文字が発明されて書跡として今日に残されている。
 文字が発明されたことにより、とくに宗教は急速に伝搬し世界に普及した。文字の複写複製技術と宗教は、切り離して考えることはできないものがある。政治(統治)も同様、文字と密接な関連がある。統治の決まり事を律令法律という文字にすることによって、支配の呪縛となった。 
 その後、音声(ラジオ)や映像(映画、テレビ)の発達により仮想空間の世界が広がった。相互通信の手段も手紙のやりとりから、電信電話、ファクシミリ、ケータイ、インターネットへと急速に多様化した。インターネットでの相互通信の特異性は、文字と音声映像がマルチになっていることよりも、匿名が主流になっていることだろう。
 匿名でのやりとりには、ある意味では魅力的な影の部分に落ち込みやすい危険性をはらんでいる。影の行為のさいたるものは、犯罪である。仮想の世界だけに、罪を犯した加害者意識は薄くなるが、罠がある。
 鈴木輝一郎「罪と罠へのアドレス」実業之日本社刊は、現代風のインターネット犯罪の短編小説集である。扱っている犯罪は、殺人、ストーキング、バーチャルセックス、あやつり人形、不倫、他人になりすましなど多様である。主人公の職業は、小説家志望、女子大生、ライトノベルライター、ラジオタレント、専業主婦とさまざまである。
 どの犯罪も主役も特異なものではなく、ごく日常的でありながら、罠に落ちるところが、こわいところでもある。すべての事件に狂言まわしの老刑事が登場するのが、頬笑ましい。小説という仮想空間に浸りながら、ちょっと頭の中で遊んでみるのは面白い。ところで、いちばん楽しんでいるのは作者自身なのではないかと仮想する。


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