ひとりだけのカウンター  植野満

 地元の駅前にあった書店が姿を消し、そのテナントに居酒屋がオープン した。そのビルは五階建てで、これですべての階が居酒屋となった。
 特急も停車するほどの乗降客の多い駅ではあるが、これほど飲み屋が増 えると、経営者も大変だろうなあ、と余計な心配をしてしまう。仕事で都 内に出かけた帰りに、こうした居酒屋に立ち寄ると、金曜日以外の店内は 半分ほどの席が埋まっている程度だ。お店が多すぎるのか、それとも飲み 代を節約するお客が増えたのか、おそらく両方だろう。
 最近は、以前のように「今日はどうしても飲みたい。飲むんだ」という アルコール中毒症状は出ないので、飲み屋や居酒屋などを利用する回数は 減り、そのため「なじみの店」はとくにない。また、サービスや接客態度 に不満もあり、何回も通いたくなるようなお店が見つからないのも事実で ある。
先日、久しぶりに飲みたくなり、どこで飲もうか、と思案しながら30 分以上もあちこち歩き回ってしまった。悩んだ末に選んだのは、5、6年 前によく通っていた焼き鳥を売り物にしたお店だった。のれんをくぐって ガラス戸を開けて店内を見わたすと、ひとりのお客もいない。「いらっしゃ い」と厨房から出てきたのはママだった。
「アツカン2合。それとアジ刺し、焼き鳥一人前もらえますか」と注文す ると、ママさんは「はい」と言って、また厨房に入って行った。以前は、 空席を見つけ、となりのお客に「ここいいですか」と声をかけて座ったも のである。混雑するお店で飲むのも疲れるが、店内でひとりだけで飲むの はわびしく、寂しいものである。
 アツカンを持ってママが現れ、「あのひとが来ているね、とマスターと 話していたのよ、お久しぶりですね」。「どうも、ご無沙汰してました」。  どうやら覚えてくれていたようだ。あの当時は、お店を手伝っていた若 い女の子がいて、お互いにどうでもいいような内容のないおしゃべりをし ていたように記憶している。
 そのこともママは覚えていて、こちらが聞いてもいないのに「あの子、 辞めちゃったの。でも、たまにお店に飲みに来てくれるのよ」と気を使っ てくれる。マスターと話した「あのひと」という意味は、お店の女の子と よくしゃべっていたスケベそうな男ということなのだろうか。あの子をお 目当てに通っていたわけではないのに、いや正直に言えば少しあったかも 知れない。
店内でひとりで飲むのは寂しいばかりではなく、お客でありながらママ などに気づかいをする自分を感じるのがつらい。そう言えば新宿ゴールデ ン街にあったバーでも同じような寂しい経験をしたことがある。
 鹿児島出身のママは小柄でグラマー、勝ち気でがんばり屋さんだった。 銀座のホステスを経験し、この商売を学び、最初は新宿の”しょんべん横 町”にお店を持ち、その後に歌舞伎町に進出、さらに小さなバーが集まる 花の新宿ゴールデン街に店を持ったのである。ママがお店を移すたびにわ れわれ常連客も移動した。
 しかし、バブルが弾け始めたころ、お客がめっきり減ってしまった。常 連客が高齢化し、足が遠のいたことも大きな理由だった。私などは常連客 のなかでは若手の部類に入っていたので、ときどき立ち寄っていたのだが、 客数の落ち込みはうすうす感じていた。
 早い時間にお店に行くと、もちろんお客はひとりもいなくて、おでんな どのおつまみを必要以上に注文してしまうのである。1時間、2時間経っ てもお客は入って来ない。もうこれ以上は飲めない、食べれないという満 腹状態で、後ろ髪を引かれる思いで店を出たこともある。
 やがてママは、店を閉じた。いま、その店は×印の板でドアが閉められ ている。
地元の焼き鳥のお店も、駅前の居酒屋戦争のあおりを受けて、お客を奪 われているそうだ。「うちはもう30年もこの場所でやっているの。こう いうお店でも飲んでもらいたいわ」と、ママは言う。会計を済ませると 「また、お邪魔します」と声をかけて外に出た。


●前のページへ