夢幻流もの書き道場  上山明彦

歴史的なものに題材を求めてみよう

 今回はまず歴史小説・時代小説を書く上での基本中の基本である事実と虚構の関係について解説したい。その後で、歴史的な書物に題材を取る怪奇小説・伝奇小説の書き方について紹介したい。
 初めに歴史小説についてだが、具体的には吉川英治、司馬遼太郎といった作家の書いたものを思い浮かべるとよい。歴史的な事実と人物をベースにして、その時代の流れと人の生きる意味について、深い問いかけをして
くれている。
「歴史小説は事実でなければいけないと思う」と、司馬遼太郎がどこかで書いていたが、この意味は少し解説しておかないと誤解を招く。
 歴史小説にも虚構(フィクション)はある。それを「嘘」と解釈すると大きな間違いである。これについてわかりやすく説明してみよう。
 歴史には、事実を証明する資料が点々として残っている。例えば織田信長という武将がいた。彼がどういう行動をしたのか記録が残っているし、多少ながら本人や同盟軍あるいは敵対する武将の書簡も残っている。
 そうした事実を証明するものは、その人物や歴史をつなぐ「点」である。「点」だけでは小説は書けない。ある事件の日、信長が何を食べ、家来にどういう言葉を吐き、どういう表情をし、どういう行動を取ったのか、詳細に記録が残っているわけではない。断片的に記録、つまり「点」が残っているだけなのである。「点」をつなぐ「線」、「線」をつなぐ「面」があって初めて小説となるのだが、その「線」や「面」はどうやってつなぐのか?
 それは作家が、事実(点)を様々な方面から分析し、想像力でつなぐものなのである。例えば「織田信長という人物はこういう性格であったに違いない」、「こういう考え方を持っていたに違いない」と想像する。
 その想像を広げていくと、「あの場面では家来とこういうやりとりがあったに違いない」、「こういう言葉をしゃべったに違いない」というふうに、具体的な光景が書き手の脳裏に浮かんでくるわけだ。
 作家が自分の想像力で描いたからといって、それは「嘘」ではない。その作家にとっては、歴史に残っている事実(点)を元に、「こうであるに違いない」と確信する光景を描いているのだから、それは作家にとって最も事実に近い話なのである。そこが歴史小説においては重要なところだ。
 事実に近い話を描くためには、歴史的資料はできるだけ多く集めたほうがよいということになる。司馬遼太郎が膨大な文献を集め読破したのも、できるだけその時代の状況を正しく把握するためである。
 とは言いながら、歴史小説は歴史解説ではなく小説なのであるから、ある主人公の魅力を最大限に描くために、作家の想像力である架空の場面を設定し、そこで主人公に活躍させ、名セリフを吐かせるといったテクニックを使うこともある。その部分はフィクション(虚構)なのだが「嘘」とはまったく意味が違う。書き手にとっては事実なのだ。
 吉川英治が『宮本武蔵』で「お通」という女性を登場させ、武蔵を慕って旅をさせているが、歴史上では実在が確認されていない。作者のフィクションである。この小説はほぼ事実をベースに組み立てられているが、彼女は実在の人物ではない。
 しかし小説として考えてみると、武蔵に色恋がなかったはずがないし、ドラマ的な展開を考えると、「お通」という女性は必要な脇役である。こういうフィクションは、歴史小説には許されるものである。
 司馬遼太郎もほとんど実在の人物をベースに歴史小説を書いているが、時々人物の名前や立場を変えて登場させている。それも許される範囲のフィクションなのである。

 では「時代小説」ではどうだろうか?このジャンルになると、もっと自由に描くことができる。「時代小説」では、その時代の背景、具体的にはその時代の政治経済体制、人の生活(服装、道具、食べ物、言葉など)、気候などは事実として踏まえなければならない。
 この時代背景のチェックのことを「時代考証」と言う。これがいい加減だと、懸賞では論外になるので、図鑑や辞典などを駆使して、しっかりとその時代背景をつかんでおくことである。(江戸時代に登場する服装を戦国時代の人が着ていたらおかしいでしょ。そういうことです。テレビの『鬼平犯科帳』『銭形平次』、NHKの時代劇などもバカにしてはいけません。
だれもバカにしていないか?。そうした番組は時代考証がなされているので、映像で服装や生活の様子を知ることができます)。
 ある時代小説の舞台を「江戸幕末」、主人公はある脱藩の浪士に設定したとしよう。将軍(慶喜)や薩摩・長州の偉人(西郷隆盛、桂小五郎など)は実在の人物でなければならないが、主人公の浪士やその仲間はフィクションで描くことができる。そこで巻き起こる事件についても、実際に発生した事件だけでなく、架空の事件を設定してもかまわない。
 浅田次郎の『壬生義士伝』では、新撰組も幹部も実在の人物だが、主人公の脱藩浪人は架空の人物である。こういう本がいい例だ。
 時代小説では、時代背景さえおかしくなければ、フィクションは許されるのである。

 最後に、怪奇小説・伝奇小説の話をしよう。昔の話を題材にした怪奇小説・伝奇小説となると、時代考証は当然必要だが、自由度がもっと高くなる。例えば、陰陽師・安倍晴明や友人の服装・住居などは時代公証が必要だが、出てくる鬼や魔物は関係ない。
 そんな話よりも別な話をしたい。怪奇小説・伝奇小説の題材を歴史的文献に求めるならば、まず『今昔物語』を読んでみようという話だ。
 最近では夢枕獏の『陰陽師』はまさに『今昔物語』で出てくる安倍晴明を題材にしたものだし、古くは芥川龍之介がよくやっていたことである。『今昔物語』に収められている説話は千数十もある。題材には事欠かない。「ネタがない」という方には最高の書物となるだろう。現代語訳が付いた本がいろいろ出ているので書店ホームページで検索してみるとよい。
 具体的な書き方の例としては、『今昔物語』を読む。そこから自分の頭で想像を膨らませる。それを文章にする。それだけだ。
 ただしこうした書き方はたくさんの作家とその卵たちがやっているので、独創的なストーリーを考えるようにしたい。
(いい短編が書けたら、懸賞に応募してみてください)。


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