第1回 みんな作文の時間が嫌いだった 小中学生の皆さんは、長い夏休みをどう過ごしていますか。今年は猛暑でたいへんですね。 たまたまインターネットで遊んでいて、このホームページにアクセスする人がいることを期待して、このページを書いています。 今有名になっている作家のほとんどが、「小中学生の頃は作文が嫌いだった」とか、「作文が苦手だった」と語っています。みんながみんな文学少年少女だったわけではありません。 それなのにいつの間にかみんな作家となり、文章を書くことで生活していくようになったのです。 学校では先生の期待する模範解答というものがあります。国語も同じで、模範解答にそぐわない答えは、みんな同じように「間違い」という点数がつけられてしまいます。 私も学校の作文の授業は苦痛でたまりませんでした。書きたくもない課題について、むりやり書かされていたからです。先生の期待する内容で書かなければ評価されませんでした。 作文の時間は子供たちを文章嫌いにする効果はあっても、好きにさせる効果はまったくありませんでした。 生徒はみんなそれぞれの感性を持っています。何かを見たり聞いたりした場合、感じ方は一人ひとり違うのがあたりまえです。 その感じ方を見ても、一人ひとりがすばらしい特長を持っています。 それをある基準に従って、「よくできた」「できない」と評価するのは、どう考えても無理があります。 ただし、先生方のために弁護しておくと、学校というのは、そうやって何らかの点数をつけて生徒を評価しないと、通信簿がつけられないようになっています。先生方もそれに従わなければなりませんから、その仕組みに悩んでいる方もおられるかもしれません。 このホームページでは学校教育を批判することが目的ではありません。子供たちにはこの教室で、本を読むこと、文章を書くことの楽しさを伝えることができればと思っています。 生徒のみなさんが、もし「自分には文章を書く才能がない」と思いこんでいるとしたら、それは勘違いだということを訴えたいと思います。 自分の親や親戚を見る必要もありません。才能というのは誰にも隠されているもので、たまたまそれが発掘されなかっただけなのです。皆さん、必ずいい文章を書けるようになれるのです。 プロの作家になるには他のいろいろな壁を乗り越えなければなりませんが、プロ作家になれる人も出てくることでしょう。 どんなに才能がある人でも、いきない名文が書けるわけではありません。スポーツや芸術と同じように、基礎を学んでからだんだんと上達していくものです。このページでも基礎から解説していきます。 第1回目は前置きになりました。次回から具体的に文章の書き方について、お話を始めたいと思います。 |