らく  ぶん きょう  しつ   
小中学生のための文教室       上山 明彦著

小説や童話を構成している要素を知ろう(2)−風景描写

 物語りでは登場人物が住む土地の風景、出会った光景、建物、道、動物、自動車などを描く必要があります。それが風景描写です。
 その人が目にするものすべてを描こうとすると、原稿用紙が何百万枚も必要となります。そういうのはムダな作業です。
 では書き手は何を描き、何を描く必要がないのでしょうか?その答えは一つのことで表すことができます。主人公がある出来事(事件)に出くわし解決しようとするのが小説の本筋です。そのストーリーを読み手に伝えるのに必要なことだけを描けばよいのです。
 たとえば主人公を取り巻く環境の中で、その人の生活や生き方に深い影響を与えているものです。家が狭い、家賃が高い。近所との関係が悪い。それが引き金となって事件に巻き込まれていく。そういう話だったら、そういう生活環境を詳しく描く必要があります。
 そのストーリーに関係する風景といってもいくつか候補が出てきますが、詳しく書き込むべきところ、さらりと流すところが出てきます。ストーリーへの影響の強さと弱さを書き手が判断し、強いところは詳しく描き、弱いところはさらりと描くようにしましょう。
 たとえば新宿から山手線に乗って渋谷に行き、そこで事件に遭ったとしましょう。新宿やJRでの行動は事件とまったく関係ないとします。そうなると新宿とJRの風景はさらりと触れる程度でかまわないということになります。渋谷では事件の解決につながる手がかりを描き出す必要がありますし、主人や他の登場人物の置かれた状況を描き出す必要があります。克明な風景描写が必要になりますね。

 さて、私は今まで単純に「風景描写」という言葉を使ってきました。この言葉は正確ではありません。小説の場合、「心象風景描写」が正しい言葉です。「心象」とは、その人の心に浮かんだ意識や像のことです。
 今仮に10人の人間が同じ風景を見たとしましょう。快晴の山でもいいし、海でもいいです。その10人が見た風景は同じですが、それぞれの心に同じように映るでしょうか?それぞれが文章で表現したとします。文章は違うとしても同じような印象の風景を描いているでしょうか?
 答えは言うまでもなく、実はそれぞれが心の中では違った風景を見ているのです。
 たとえばある若い男は仕事も恋愛も家族の関係もすべてうまくいっています。彼は青く澄んだ爽やかな空と山あるいは海が見えることでしょう。
 ある若い女性は最近失恋したばかりで、心が深く沈んでいます。彼女の心に見える風景もやはりどんよりと暗く沈んでいるでしょう。あるいは爽やかな空や海が腹立たしく見えるかもしれません。
 ある年老いた男は、山と海を見て懐かしさがこみ上げてくるかもしれません。山登りに没頭した青春時代を思いだし、心の中でその頃の山と海を見ているでしょう。
 こういうふうに一見同じ風景を見ているように見えて、心の中に映っている風景はそれぞれまったく違っているものなのです。書き手はそういう心象風景を描き出さなければなりません。
 逆に見ると、ある登場人物の心象風景を描くことによって、読み手にその人の今の雰囲気、気分、心理状態を伝えることができるわけです。
 この表現方法は、小説の中で直接的に登場人物の心理描写で書くよりも非常にすばらしい効果を発揮することが多々あります。実例は挙げません。皆さんが小説を読む中で探してみてください。たとえば宮部みゆきという作家は、心象風景描写が非常にうまい人です。参考にしてください。

 さあ、次回は他の要素を研究してみましょう。

(2007.7.14)

●前ページへ