らく  ぶん きょう  しつ   
小中学生のための文教室       上山 明彦著

第2回 見たこと、聞いたことを書こう

 井上ひさしという有名な作家がいいことをいっています。『井上ひさしの作文教室』(新潮文庫)という本の中で書いているのですが、私のことばでわかりやすく紹介しておきます。
 作文の授業では、本についての感想とか、遠足や運動会などの学校でのイベントについての感想を書くようにいわれます。そもそもそれがまちがいなのです。
 人の気持ちはたいへん複雑で、いろいろな感情が混ざっています。あるいはまだぼんやりとしていて、自分でも何が何だかわからない、ということもあります。
 それなのに、そういう気持ちを文章で書きなさいと言うのが、むりな要求なのです。
 おとなでさえ、プロの作家でさえ、そういう気持ちを文章にするためにたいへんな苦労をしています。

 では文章を書かなければいいのかというと、そうではありません。
 いい文章を書けるようになるためには、頭の中で思っていることを書くのではなく、見たこと、聞いたことをそのまま書くことが大切なのです。
 どこかに行ったら、そこで何が見えましたか?何がいましたか?先生や友だちや自分は、どういう行動を取りましたか?そこにいた人や動物が何と言いましたか?
 そういうこと、つまり見たり聞いたりしたことを書けばいいのです。

 本を読んだあとの作文ならば、主人公がどうした、こうした、まわりの人がああした、こうしたという話を書けばいいのです。

 どうです?それならどんどん文章になりますね。
 そして、そういうことを書いたあとに、楽しかった、おもしろかったとか、うれしかった、悲しかった、さびしかったという気持ちがあるならば、そういうことを書きましょう。

 学校の先生やまわりの大人の多くは、イベントに対する感動、動物に対する愛情や自然のやすらぎ、お年寄りに対するいたわりの気持ちといったものを期待し、そういうことを作文で書いてくれることを期待しています。それはまちがいなのです。
 自分の気持ちが自由自在に書けるようになるには、びっくりするくらいたくさんの文章を書かなければなりません。いきなりそれが書けるようになるものではありません。
 見たこと、聞いたことなら、わりあい簡単に書けるようになります。
 「見たこと、聞いたことを書くなら、みんな同じ作文になってしまうんじゃないの?」と、疑問に思う人もいるかもしれません。
 ところがそれは違うのです。人は同じものを見ていても、一人ひとり違うように見えているものなのです。
 というのは、見る人がもっとも注意して見る場所が違う、見る人のそのときの気分が違うので違うように見える、興味がある・なしで熱の入れ方が違う、といった理由があるからです。
 見たこと、聞いたことを書くだけで、書いた人の気持ちが伝わってくるものなのです。

 作文を嫌いにならないで、ぜひ書く力と感性を育ててほしいと思います。

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