句読点のテン「、」のつけ方 文章のテン「、」とマル「。」のことを句読点と呼びます。今回はテンのつけ方についてお話ししましょう。 テンのつけ方というのは、慣れてくると感覚でつけています。どういう所につけるのか説明しろ、と言われると、けっこうむずかしいものです。 それでは、テンのつけ方を理解できるように順を追ってお話ししましょう。 1.初めにテンをつけないで書いてみる。そのままでもよく意味が通りように書く。 初めにテンをつけずに書いてみてください。そのままでも意味がすっきりわかることが大切です。声に出して読んでみると、それがよくわかります。 夏目漱石という明治時代の大作家は、句読点をぜんぜんつけない文と、細かくつける文章を、一つの作品の中で使い分けています。 <例1> それで三四郎は五分に一度ぐらいは目を上げて女の方を見ていた。(引用:『三四郎』、夏目漱石) <例2> 国を立つまぎわまでは、お光さんは、うるさい女であった。(引用:『三四郎』、夏目漱石) 例2は、テンがなくてもいいような文ですが、読むときのリズムをよくするためにをつけているのだと思います。 2.一つの節ごとにテンをつける ちょっと文法というむずかしい話になりますが、これをわかりやすく説明してみます。 まず「単文」を理解してください。 「主語と述語との関係がただ一回だけで成立している文」(広辞苑)のことです。 <単文の例> 女はこの夕日に向いて立っていた。(引用:『三四郎』、夏目漱石) 主語が「女は」、述語が「立っていた」となり、主語と述語が1組で構成されています。これが単文です。 <複文> 次に、「複文」を理解してください。 「主節と従属節とから成る文。たとえば、『雪の降る日は寒い』『鶯が鳴いて春が来た』の類で、『雪の降る』『鶯が鳴いて』が従属節、それ以外が主節である。」(広辞苑)のことです。 <複文の例> わたしが花子ちゃんに文句を言ったので、花子ちゃんは泣きました。 上の例では、初めのほうに「わたしが」という主語と、「言った」という述語の組み合わさった単文が入っています。 続いて、「花子ちゃんが...泣きました」という単文も入っています。 この二つの文を「...ので」でつなぎ、一つの文にしています。 こういう場合、それぞれの「わたしが...言ったので」までが一つの「節」、「花子ちゃん...ました」までが一つの節と呼びます。 ここでは二つの節がつながって一つの文をつくっている、という表現をします。 「友だちが何々をしたとき、私はこうした」、「何々ちゃんがこう言ったので、何々さんはこうした」というように、時や理由を表す節をつないで文を書くときによく使っていますね。 ちなみに、「〜ので」は、接続助詞と呼びます。 前のほうの節が、後ろのほうの節を修飾(付け加えて意味を説明)しています。こういう文を「複文」と呼んでいます。 後ろの節が主体となっているので主節、前のほうが従属しているの従属節と呼びます。 このように複文の場合には節と節の間にテンをつける、ということなのです。 <重文> 今度は「重文」についてお話ししましょう。 重文とは「主語・述語の関係が成り立つ部分が、対等の資格で結ばれている文」(広辞苑)のことです。 <重文の例> わたしは左へ進んだが、彼女は右のほうへ歩いていった。 上の例では「わたしは」(主語)「進んだ」(述語)という単文と、「彼女は」(主語)、「いった」(述語)という単文があります。 しかも、「わたしは左へ進んだ」、「彼女は右のほうへ歩いていった」という二つの文は、それぞれマルをつけて分けて書いても、まったく意味が通ります。対等の関係になっています。 わたしは左へ進んだ。彼女は右のほうへ歩いていった。 こういう独立した単文を「...が」という接続詞でつないでいます。こういう文を「重文」と呼んでいます。 このように二つ以上の節がある重文では、節と節の間にテンをつける、ということなのです。 3.意味の固まりごとにテンを付ける 長い文を書いた場合、意味の固まりごとにテンをつける必要があります。これは文を声に出して読むとよくわかります。 <例1> 女のすぐ下が池で、池の向こう側が高いがけの木立で、その後ろが派手な赤れんがのゴシック風の建築である。(引用:『三四郎』、夏目漱石) <例2> 向こうが大いに偉いか、大いに人を踏み倒しているか、そうでなければ大学にまったく縁故も同情もない男に違いない。(引用:『三四郎』、夏目漱石) 例1で、「女のすぐ下が池で池の向こう側が高いがけの木立で」とつないでしまうと、別々の意味の固まりがつながってしまい、わかりにくくなりますね。例2の「向こうが大いに偉いか、大いに人を踏み倒しているか」も同じです。 意味の固まりごとにテンをつけると、わかりやすくなります。 4.動きの連続がある場合、テンをつけてわかりやすくする 動きの連続がある場合、テンをつけてわかりやすくします。読む場合はリズムがよくなります。 <例1> ただ三四郎の横を通って、自分の座へ帰るべきところを、すぐと前へ来て、からだを横へ向けて、窓から首を出して、静かに外をながめだした。(引用:『三四郎』、夏目漱石) <例2> その日の夕方、与次郎は三四郎を拉して、四丁目から電車に乗って、新橋へ行って、新橋からまた引き返して、日本橋へ来て、そこで降りて、「どうだ」と聞いた。(引用:『三四郎』、夏目漱石) これは説明しなくてもわかりますね。 5.誤解を与える恐れがあるとき、意味をはっきりさせるためにテンつける 次の例文を読んでください。 <例1> 三四郎はおもしろ半分、石の台の二、三間手前にある望遠鏡のそばへ行って右の目をあてがったが、なんにも見えない。(引用:『三四郎』、夏目漱石) 上の文章からテンを取ってみましょう。こうなります。 <例2> 三四郎はおもしろ半分石の台の二三間手前にある望遠鏡のそばへ行って右の目をあてがったが、なんにも見えない。 あれ?「半分石」という石ってなに?「二三間」というのは「二十三」なの?それとも「二から三」なの?とわからなくなってしまいます。 こういうのを避けるためにテンが必要なのです。 6.文の中にセリフが入る場合で「 」を使わない場合。 セリフは普通カギカッコ 「 」の中に入れて書きますが、そうでない場合もあります。次の例文を見てください。 <例1> 三四郎はこの時ふと汽車で水蜜桃をくれた男が、あぶないあぶない、気をつけないとあぶない、と言ったことを思い出した。(引用:『三四郎』、夏目漱石) 「あぶないあぶない、気をつけないとあぶない」というのはセリフです。カギカッコをつけずに、上のように書くこともできるのです。 7.テンをつけるかつけないかは書く人の判断 最近の小説、雑誌を読むと、 「しかし また ところで」などの接続詞の後にテンをつける著者のほうが多いようです。 これは読みやすくする、リズムを良くするといった意味がありますが、あくまでも書く人の判断によります。 以上、説明するほうもくたびれてしまいました。でも、これって大切なことですから、しっかり身につけてください。 |