らく  ぶん きょう  しつ   
小中学生のための文教室       上山 明彦著

物語(ものがたり)を書いてみよう (1)

 私たちが書く文章には、いろいろな種類があります。
 動物や野鳥を観察し、その習性をまとめたものは観察日誌や調査研究報告書と呼ばれます。物理学、化学、医学分野で何かの問題について研究し、それをまとめた文章は論文と呼ばれます。
 新聞・雑誌に書かれている文章の中で、事件や出来事を伝える文章は、記事と呼ばれています。
 今あげた種類の文章は、事実を伝えるのが目的の文章です。それは「物語」とは呼びません。作者が自分の想像したものを文章にしたもので、主人公が出てきてさまざまな事件や出来事にぶつかり、それが最後に解決する、というのが「物語」です。
 書く目的によって文章の種類が違ってきます。文章の種類によって書き方も違ってきます。はっきり区別しておいてください。世の中にはどれもこれも同じように扱って説明する人がいますが、それは間違いです。

 研究報告書や論文の書き方については、このコーナーで説明することはないでしょう。趣旨が違いますから。新聞雑誌記事の書き方については、別の機会に説明したいと考えています。
 今回は「物語」、つまり「童話」や「小説」の書き方について、順を追って説明していきたいと思います。

 最初は「起承転結」(きしょうてんけつ)についてお話しましょう。
 昔の日本人は、中国の漢詩(かんし)、漢字で書かれた詩をよく勉強していました。
 漢詩は4つの部分からつくられていました。それは「起句」「承句」「転句」「結句」と呼ばれていました。中国の有名な詩人、李白はこんな詩を書いています。

(日本語に訳すと)
   峨眉山(がびさん)の月 半輪(はんりん)の秋
   影は平羌(へいきょう)江水に入って流る
   夜 清溪(せいけい)を発して三峡(さんきょう)に向かう
   君を思えども見えず 渝州(ゆしゅう)に下る

(漢文では)
   峨眉山月半輪秋
   影入平羌江水流
   夜発清溪向三峡
   思君不見下渝州

 岩波書店発行の『広辞苑』では、「起承転結」を次のように解説しています。
「漢詩で、絶句の構成の名称。第一の起句で詩思を提起し、第二の承句で起句を承け、第三の転句で詩意を一転し、第四の結句で全詩意を総合する」

 李白の詩を解釈し、起承転結に分けるとこうなります。

 峨眉山に半輪の月、つまり上弦(じょうげん)の秋の月がかかっている。(起句)
 半輪の月光が平羌江の水に映り、月影を流している。(承句)
 夜、清溪を出発して三峡に向かう。(転句)
 元の美しい月を仰ぎたいが見えない。舟は足早に下っていく。(結句)

 美しい情景、月を惜しむ心情が伝わってくる名詩ですね。
 起句で月の情景を描き、承句では、それを受けて対照的に川面に映る月影を描いています。転句で先を急ぐ舟を描き、美しい情景が一転します。結句で、月を見ることができない切ない心情を詩って結んでいます。
 李白の詩は、詩ではありますが、一つの話の流れとまとまりがあります。こういう詩の形式が「起承転結」のそもそもの始まりです。

 さて、物語を書く上でも「起承転結」を正しく理解することが大切です。
 たとえばこうなります。
 私の何気ない一日が始まるが、いやな予感がする。(起)
 いつもと変わりなく学校に向かう。そこへ親友のA子が深刻な顔をしてやってくる。
 携帯電話を落としてしまったという。私とA子はそれを探しに出かける。(承)
 必死に探し回るがみつからない。あきらめかけたところで、携帯の呼び出し音が鳴る。私のカバンからだ。出してみると、A子の携帯だ。(転)
 よくよく考えてみると、昨日私の携帯の電池が切れたとき、A子から携帯を借りたままだったのだ。二人ともすっかりそのことを忘れていた。二人で笑う。(結)

 例文を短くまとめてみましたが、この出来事を別の出来事や事件に置き換えてみると、起承転結の意味がわかると思います。
 この話の続きは次回にします。今日はこれまで。


(2005.1.26)

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