物語(ものがたり)を書いてみよう (2) 小中学生の皆さん、長い夏休みをどう過ごしていますか?社会人になったら、そんなに長い休みは取れません。今しかやれないことをたくさんやりましょう。スポーツでも芸術でも学問でも遊びでも、全力で集中できるのが学生の特権です。今を大切にしてくださいね。 さて、このコーナーでは文章の書き方を説明していますが、どうしても避けて通れないのが、日本語の文法です。「文法」と聞いただけでも、イヤになりますね。難解、複雑、退屈と、むずかしい熟語がすぐに頭に浮かんできます。 ところが、そういうむずかしい文法の話をおもしろおかしく解説できる作家がいます。井上ひさしという有名な作家です。東北で生まれ、上智大を卒業し、放送作家を経て、現在は戯曲家、作家として活躍しています。私が尊敬する作家の一人でもあります。 井上ひさしは、文字の面からも発音の面からも言葉にこだわりを持ってきた人です。日本語について深い知識を持っている人ですが、とてもわかりやすく楽しく解説してくれます。 井上ひさしの本の中で、皆さんに夏休みにぜひ読んでほしい本があります。『ニホン語日記』(文春文庫)という本です。1989年から1992年にかけて書かれた本ですが、今もそのままで通用する内容です。小学校高学年以上だったら、問題なく理解できるでしょう。 井上ひさしが日本語の勉強の材料にするのは、ホテルやファーストフードのマニュアル、不動産広告、ピンクビラ、駅の伝言板、スポーツ新聞の見出し、ロックの歌詞、役所言葉、中学入試問題集といったものです。日頃どこかで見かけたことがあるものばかりですね。 たとえば不動産広告のキャッチコピーを見ると、都内や有力私鉄駅に近い物件には「羨望の」が付き、田園都市線沿線では「人気の」が付く。「憧れの湘南」、「将来性豊かな九十九里浜」などなど。なるほどとニンマリしながら、何気ない広告にまで注意を払う井上ひさしの感性には驚かされます。 これらの材料を元に、文法、言葉の持つ意味や印象、発音、語源、歴史的変化、人の心理に与える影響などの面から分析してくれます。 余談ですが、私のメールボックスには最近、例のワンクリック業者からのメールがたくさん届きます。すべて詐欺ですから、リンクをクリックしたり、返事を出したりしたらとんでもないことになります。皆さんも決してクリックしてはいけませんよ。 こういうメールは困ったものですが、中には思わずクリックしてみたくなるコピーが書いてあるものもあります。これを井上ひさし風に読むと、実にうまいコピーなのです。もの書きとしては、すぐにゴミ箱に放り込むのではなく、時には研究する態度が必要かもしれませんね。 本題に戻ります。井上ひさしは時には辛かった昔話も語ってくれます。1943年の戦争中の話です。まだ小学生だった井上ひさしの家に、軍国主義者のおじさんたちが乱入してきました。同じ町内の人たちです。この時井上ひさしの家は商売をしていて、外国のレコード盤を並べてありました。これを片っ端からたたき落として壊してしまったのです。戦争中の日本では、外国の音楽や言葉は「敵性音楽」「敵性語」と呼ばれて追放されるようになったからです。 言葉というのは単に相手に自分の意志を伝えるだけでなく、時代の気分や思想も反映するのです。 皆さんがこの本を読み終わった後、日本語ってこんなにおもしろかったんだ、こんなにすばらしかったんだ、こんなに大切だったんだ、と思っていただければ、それだけで井上ひさしもきっと満足するに違いありません。この夏休みにぜひ読んでみてください。 余談ですが、「夏休みに読んでほしい○○文庫100選」なんてのがありますが、私はあのリストに疑問を持っています。高校生、大学生にとって最適であるとは思えません。まして小中学生には合わないでしょう。私が推薦する本100選を提案したいと思っていますが、きっとそのうち...。 (2005.7.31) |